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2012年 05月 08日
2012年 05月 07日
2012年 04月 21日
![]() 花がきれいですねえ 誰かがそういって うしろを過ぎて行った 気がつくと目の前に 花が咲いていた 私は何を見ていたのだろう この華やかな 春の前で いったい何を 考えていたのだろう (星野富弘 『鈴の鳴る道』より) 2012年 04月 17日
![]() 春うらら。 日差しの暖かさ、明るさ、華やかな色。 この中にいて春の到来を感じない人はいないだろう。 最高に穏やかで心地がよい。 寒さが苦手で冬が大嫌いな私は、何をするにも気力が出ず、気も滅入り、あらゆる活動が停滞していた。 だが、ここ最近の春の陽気に誘われ、そろそろ活動再開と気分も上向いてきた。 人間の心と体というのは自分の意思に関わらず環境からの影響を多大に受ける。 「春眠暁を覚えず」がごとく、天気の悪い日は鬱々とするし、寒い日には古傷も痛む。 温暖な地より寒さ厳しい地の方が自殺率は高いし、季節性感情障害などはまさにそのままだ。 私の大先輩でもある某大学の先生は、 都会と森林公園とのウォーキングではどちらのコースがよりストレス軽減効果があるかを実験した。 その結果、和気あいあいと楽しんで歩いて回った町中ウォーキングよりも、 木しかないとブツクサ言いながら歩いて回った森林公園のほうがストレス軽減効果があったそうだ。 木の香り、土道、水の流れ等がストレス軽減効果をもたらすことは以前から知られていたが、 今回の結果からも「なにここ、つまんなーい」と言いながら歩いていても、 体が正直に反応していることが証明された。 所詮は人間も、自然界で有機的に生きる生命体のひとつでしかないのだ。 そう思うと、認知症患者への「見当識訓練」なんかは、 部屋に閉じこもって今日が何月何日でどうのこうのやるよりも、 外へ出て五感をフルに使って、心と体で直接、季節を味わったほうが効果的なんじゃないだろうか。 季節を捉えることで体は自然と生命体としての反応を起こすだろうし、 体の変化は心にも変化をもたらすだろうし、もちろんその逆も然りである。 だとすれば、もはや今日が何月何日だろうとそんな細かいことはどうだっていいじゃない。 「きれいな桜やねぇ」 このひと言が生まれたのならそれでいいじゃない。 |
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